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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)3235号 判決 1972年7月17日

原告 長瀬農業協同組合

右代表者理事 出口安次郎

右訴訟代理人弁護士 上坂明

同 葛城健二

同 葛井重雄

同 西岡雄二

右訴訟復代理人弁護士 藤田剛

同 丸山哲男

被告 真井佐右衛門

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 酒井信雄

右訴訟復代理人弁護士 滝敏雄

被告 吉田修

右訴訟代理人弁護士 中村喜一

主文

被告真井佐右衛門は原告に対し、別紙目録(一)記載の物件につき、大阪法務局枚岡出張所昭和四〇年八月五日受付第一四、〇二二号同日代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記、および別紙目録(二)記載の物件につき、同法務局同出張所昭和四〇年一二月二日受付第二一、一〇〇号同日代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記に、それぞれもとづいて所有権移転登記手続をせよ。

被告吉田修は原告から金一三三万三、九〇四円の支払をうけるのと引きかえに、被告真井佐右衛門が別紙目録(一)記載の物件につき前項の所有権移転登記手続をすることを承諾せよ。

被告有恒商事株式会社は被告真井佐右衛門が別紙目録(一)記載の物件につき第一項の所有権移転登記手続をすることを承諾せよ。

訴訟費用は原告と被告吉田修との間に生じた分はこれを五分し、その一を原告の、その余を同被告の負担とし、原告と被告真井佐右衛門および被告有恒商事株式会社との間に生じた分は同被告両名の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「主文第一、三項同旨および被告吉田修は原告に対し、被告真井佐右衛門が別紙目録(一)記載の物件につき主文第一項の所有権移転登記手続をすることを承諾せよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、被告ら各訴訟代理人はいずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は次のとおりである。

第一、原告の主張

一、請求原因

(一)  原告は、昭和四〇年八月五日、訴外真井三郎に対し、金三〇〇万円を次の約で、貸し付け、かつ、右貸金担保のため、被告真井の承諾を得て、同被告所有の別紙目録(一)記載の物件(以下本件(一)の物件という。)に抵当権の設定をうけ、また、訴外真井三郎が弁済を遅滞したときは、そのときの債権残額の弁済に代えて右物件の所有権を原告に移転するむねの代物弁済の予約をうけた。

(イ) 昭和四一年九月から同四三年九月まで、毎月一五日かぎり毎月金八万円、同年一〇月一五日かぎり金四万円に分割して弁済する。

(ロ) 日歩三銭五厘の割合による利息を、毎月一五日かぎり支払う。

(ハ) 弁済期後は日歩六銭の割合による損害金を支払う。

(ニ) 割賦金または利息を一回でも遅延したときは、期限の利益を失い、ただちにそのときの元利金残額を一時に支払う。

(二)  原告は、被告真井から、昭和四〇年八月五日、本件(一)の物件について、右抵当権の設定登記とともに、右代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をうけた。

(三)  訴外真井三郎は約定どおりの弁済をせず、昭和四二年一月二五日現在において、右貸金のうち元本金二〇四万円および昭和四一年八月一九日から同日までの利息金一一万四、九五四円のうち金一〇万五、七一二円が未払となった。そこで原告は被告真井に対し、昭和四二年二月四日到達の郵便で、右代物弁済予約を完結するむねの意思表示をした。

(四)  本件(一)の物件について、原告のための右仮登記後に、被告吉田および被告有恒商事株式会社(以下被告会社という。)のため、別紙登記目録記載のとおりの抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記等がされている。

(五)  原告は、昭和四〇年一二月二日、被告真井と、原告の訴外真井三郎に対する貸付による債権担保のため、同被告所有の別紙目録(二)記載の物件(以下本件(二)の物件という。)について、元本極度額金一〇〇万円の根抵当権設定契約を締結するとともに、同訴外人が右債権の履行を遅延したときは、原告は、同債務の弁済にかえて本件(二)の物件の所有権を取得することができるむねの代物弁済予約を締結し、同日、根抵当権設定登記とともに右予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をうけた。

(六)  原告は、訴外真井三郎に対し、前項の被担保債権として、昭和四一年五月三〇日および同年六月二日に各金五〇万円を、前者については同年九月五日、後者については同年一〇月五日に弁済をうける約で貸し付けた。ところが同訴外人は弁済期日に弁済をしない。そこで原告は被告真井に対し、昭和四二年一月三〇日ごろ到達の郵便で、代物弁済予約を完結するむねの意思表示をした。

(七)  そこで原告は被告真井に対し、本件(一)、(二)の物件につき、右各仮登記にもとづき所有権移転の本登記手続をすることを求め、被告吉田および被告会社に対し、右(一)の物件につき本登記手続をすることを承諾するよう求める。

二、被告真井および被告会社の主張に対する原告の認否および主張

第二、三、(一)、(二)の各抗弁事実は否認。

(三)の金二二〇万円の支払があったことは認めるが、右金員は、昭和四四年一二月一八日に、原告と訴外真井三郎の合意により、原告が、本件の各貸付とは別に、昭和四〇年一一月二七日の約束にもとづき、その後同訴外人に貸し付けた元本金二〇〇万円および利息金二〇万円の弁済に充当した。このさい原告は、右債権担保のため設定された根抵当権の設定登記の抹消登記手続をした。

(四)の定期貯金等の債権が存在していることは認めるが、原告の予約完結権の行使により、すでに本件の貸金債権が消滅しているから、相殺の意思表示はその効力を生じない。

三、被告吉田の主張に対する原告の認否

第三、二、(一)、(二)、(三)、(五)の各抗弁事実は否認。

(四)の農業協同組合法違反の主張は争う。

第二、被告真井および被告会社の答弁および主張。

一、被告真井の答弁

請求原因(第一、一)(一)のうち(イ)、(二)の特約の存在は否認し、その余の事実を認める。(二)の事実は認める。(三)のうち利息の残額を否認し、その余の事実を認める。

(五)、(六)の各事実を認める。

二、被告会社の答弁

請求原因(一)、(三)の各事実不知。(二)の登記および仮登記がなされたことは認めるが、その原因は不知。(四)の事実は認める。

三、右被告両名の抗弁

(一)、本件(一)の物件は時価約金一、三〇〇万円、同(二)の物件は時価約金三〇〇万円であって、債権額にくらべきわめて高価である。そして原告は、他に債権回収の方法がある。しかも、予約完結時には債権額は相当減額している。このような場合に残債権の弁済にかえて担保物件の所有権を取得することは、信義則または公序良俗に反し、ゆるされない。

(二)、本件の代物弁済予約は、原告が債権の弁済にかえて物件の所有権を取得する意思はなく、他からの権利設定を防ぐために右予約を仮装したにすぎないから、虚偽表示であって無効である。

(三)、訴外真井三郎は原告に対し、昭和四四年一二月一八日、金二二〇万円を支払い、請求原因(一)の借受金債務の弁済に充当するむね指定した。

(四)、右訴外人は原告に対し、次の債権を有する。

イ、定期預金債権 元金二四七万九、〇〇〇円

ロ、定期積立預金債権 元金二四万円

ハ、普通積立預金債権 元金三九万円

合計 金三一〇万九、〇〇〇円

被告真井は訴外真井の原告に対する借受金債務につき連帯保証した。主債務はいずれも弁済期を経過したから、被告真井は訴外人に対しあらかじめ求償権を行使できる。そこで被告真井は右求償権にもとづき、訴外人に代位して、原告に対し、昭和四五年三月二三日の口頭弁論期日に、右各預金債権と、前項の弁済により消滅した以外の本件借受金残債務、または、かりに前項の弁済充当が認められないときは本件借受金全債務とを対当額で相殺するむねの意思表示をした。

なお、相殺の意思表示は原告の予約完結の意思表示後になされたが、いまだ担保物件の換価処分前であるから、債務者は債権者に対し、弁済またはこれにかわる相殺等の方法によって被担保債務を消滅させて、担保物件を取り戻すことができる。

第三、被告吉田の答弁および主張

一、答弁

請求原因(一)、(二)、(三)の各事実は不知。(四)の事実は認める。

二、抗弁

(一)、予約当時、本件(一)の物件は時価約金一、五〇〇万円以上のもので、債権額の五倍以上の価値があった。このような物件について代物弁済の予約をすることは、債務者の窮迫に乗じて不当に利得を得ることになるから、公序良俗に反し、無効である。

(二)、予約完結当時、元本は金二〇四万円で、当初の約三分の二に減少していた。一方、物件の価額は五割以上値上りした。このような場合に原告が予約を完結して物件の所有権を取得することは、いちぢるしい暴利行為となるから、ゆるされない。

(三)、訴外真井三郎は原告の組合員ではない。組合員以外のものに対する貸付は、農業協同組合法の規定にてらし無効である。したがって、その貸付金債権の担保のためになされた代物弁済予約も無効である。

(四)、本件(一)の物件についての代物弁済予約は、原告が予約を完結したときは、清算のうえ、原告の被担保債権額をこえる価額(清算金)を還元する趣旨のものである。被告吉田は、原告の後順位の担保権者で、右清算金を優先して交付をうける地位にあり、かつ、原告が本登記をうけるにつき、登記上利害関係を有するものである。そこで被告吉田は、右物件の適正な評価額から原告の被担保債権元利合計金二一四万五、七一二円を控除した残額の支払をうけるのと引きかえでなければ、原告が本登記をうけることを承諾することはできない。

第四、証拠≪省略≫

理由

一、原告が、訴外真井三郎に対し、昭和四〇年八月五日に、請求原因(一)、(イ)ないし(二)の約で金三〇〇万円を貸し付け、かつ、被告真井から右債務担保のため、本件(一)の物件につき、抵当権設定および代物弁済予約をうけたことは、原告と被告真井との間では、右(イ)の割賦払の約および(二)の期限の利益喪失約款の存在の点をのぞき、当事者間に争いがなく、右各特約の存在は、≪証拠省略≫により、これを認めることができる。そして、原告と被告会社および被告吉田との間では、≪証拠省略≫により、右各事実が認められる。

二、昭和四〇年八月五日、右物件につき、右の設定契約および予約を原因とする抵当権設定登記および所有権移転請求権仮登記がなされたことは、原告と被告真井との間では争いがなく、原告と被告会社との間では登記および仮登記が経由されたことは争いがなく、それが右のような原因にもとづくことは≪証拠省略≫により認められ、原告と被告吉田との間では右各証拠により右各事実が認められる。

三、昭和四二年一月二五日に、訴外真井三郎の原告からの借受金残元本金二〇四万円と昭和四一年八月一九日から昭和四二年一月二五日までの利息のうち金一〇万五、七一二円が未払となり、原告が被告真井に対し、昭和四二年二月四日到達の郵便で本件(一)の物件についての代物弁済予約を完結するむねの意思表示をしたことは、利息額の点をのぞき原告と被告真井との間では当事者間に争いがなく、利息額の点は≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。そして、原告と被告会社および被告吉田との間では、≪証拠省略≫により、右各事実を認めることができる。

四、被告吉田および被告会社のため、請求原因(四)のとおりの登記および仮登記がなされていることは、原告と右被告両名の間では当事者間に争いがない。

五、次いで昭和四〇年一二月二日に、請求原因(五)記載のとおりの金員貸付契約および根抵当権設定契約ならびに本件(二)の物件についての代物弁済予約がなされ、これを原因とする根抵当権設定登記および所有権移転請求権仮登記が経由されていること、および請求原因(五)記載のとおり、金一〇〇万円が貸し付けられたがそれが弁済期に履行遅滞となったため、原告が代物弁済予約を完結するむねの意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

六、そこで被告真井および被告会社の抗弁について判断する。

(一)、本件(一)、(二)の物件についてした代物弁済の予約およびその完結権の行使が、公序良俗違反ないし信義則違反とまで認めるに足る証拠はない。

(二)、虚偽表示の主張についても、その事実を認めるに足る証拠はない。

(三)、訴外真井三郎が原告に対し、昭和四四年一二月一八日に金二二〇万円を支払ったことは、原告と被告真井および被告会社との間で争いがない。しかし、≪証拠省略≫によると、右金二二〇万円は、同日、原告と訴外人との合意により、原告が昭和四〇年一一月二七日に訴外人と取りかわした金員貸付契約および元本極度額金二〇〇万円の根抵当権設定契約にもとづき、訴外人に対してした手形貸付による債権元本金二〇〇万円および利息の内金二〇万円の弁済に充当され、これにより右根抵当権の設定登記も抹消されていることが認められる。これによれば、右金員は、請求原因(一)の貸金の弁済には充当されていないことが明らかであるから、右弁済の抗弁は失当である。

(四)、次に相殺の抗弁について判断する。訴外真井三郎の原告に対する各預金債権の存在については原告と被告真井および被告会社との間では争いがないが、≪証拠省略≫を合わせると、訴外人の各預金債権は、原告の訴外人に対する貸金債権の担保に供せられ、質権が設定されていることが認められるから、訴外人の側からこれを相殺の用に供することはできない。したがって右相殺の抗弁も失当である。

七、さらに被告吉田の抗弁について判断する。

(一)、請求原因(一)の代物弁済の予約が、公序良俗違反とまで認めるに足る証拠はない。

(二)、また、予約完結権の行使を、被告吉田主張のように暴利行為として無効と断定できるほどの証拠もない。

(三)、訴外真井三郎が原告の組合員でないことは、原告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。したがって、原告の訴外人に対する請求原因(一)の貸付は、いわゆる員外貸付となる。右の貸付が、原告組合の事業目的とまったく関係のない場合は農業協同組合法の規定にてらして無効となるが、本件ではそのいずれとも断定できるほどの資料はない。しかし、かりに右貸付を無効としても、訴外人は原告に対し、借受金相当の不当利得返還義務を負う(民法第七〇八条によって返還請求が否定される場合にはあたらない。)そして右二つの債権は、単に法形式を異にするだけで、経済的にはまったく同質であるといえる。このような場合には、貸金債権を担保する本件(一)の物件についての代物弁済予約は、不当利得返還請求をも担保すると解してよい。かりに、いわゆる担保物権の付従性にてらしてそういえないとしても、被告吉田のような後順位担保権者の主張によって、右のような取締法規違反を理由に、当初の貸金債権と同質の債権がなお有効に存在するにもかかわらず担保物権の効力を否定してしまうこととすれば、原告のような先順位担保権者がその優先的地位を失うのと引きかえに、被告吉田のような後順位担保権者は、はからざる利益を得るといういちぢるしく妥当を欠く結果をまねくことになるから、かかる不当な結果をもたらさない特別な事情でもある場合をのぞき(本件では、そのような事情があると認めるに足る証拠はない。)、被告吉田のような立場にあるものは、信義則にてらし、担保権者に対し、右のような理由で担保物権の効力を否定することはゆるされないと解される。したがって右抗弁は理由がない。

(四)、最後に、清算金との同時履行の抗弁について判断する。

本件(一)の物件についての代物弁済予約は前記のように債権担保の趣旨を有するものであり、かつ、特別の事情も認められないから、原告は右物件の所有権を取得するについて清算をおこなわなければならない。そして被告吉田は前記のとおり抵当権を有しており、≪証拠省略≫によると原告に次ぐ優先順位を有することが認められ、かつ設定登記を経由しているから、原告は仮登記にもとづき所有権移転の本登記を取得するにつき、物件の評価額から原告の被担保債権を控除した清算金を被告吉田の被担保債権に充つるまで同被告に交付するのと引きかえでなければその承諾を求めることができない。なお、予約完結後、原告が換金その他清算の前提となる物件の評価をおこなった証拠はないので、口頭弁論終結時を基準時として物件の評価および配当に相当する清算金額の決定をすることとする。

ところで、被告吉田は、清算金との同時履行を求めながら、自己に交付さるべき金額(その前提として物件の評価額および自己の被担保債権額)について格別の主張、立証をしない。ただ、物件の評価額については≪証拠省略≫によると、貸付時に近い昭和四〇年八月三日当時、原告は本件(一)の物件を合計金五八二万四、八〇〇円(土地坪当り一〇万円で五三三万七、八〇〇円、建物四八万七、〇〇〇円)と評価したことが認められる。≪証拠判断省略≫右の日以後、口頭弁論終結時であること記録上明らかな昭和四七年四月二四日まで相当期間を経過しているが、他に的確な資料がないので、右の価額を右基準時における評価額として採用する。ところで、原告の被担保債権額は、前記元本金二〇四万円と昭和四二年一月二五日までの利息金一〇万五、七一二円および右元本に対する右の翌日から口頭弁論終結時の昭和四七年四月二四日まで(一、九一六日。四三年、四七年はうるう年。)の前記約定の日歩六銭の割合による損害金二三四万五、一八四円の合計金四四九万〇、八九六円である。一方、被告吉田のそれは≪証拠省略≫により、少なくとも抵当権の被担保債権の元本金三〇〇万円が残存しているものと推認される。

そこで、原告が同被告に対し、右評価額から原告の被担保債権額を控除した金一三三万三、九〇四円と引きかえに、本登記をするについて承認を命ずる範囲で、被告吉田の抗弁を採用する。

八、以上のとおりであって、原告の被告真井、同被告会社に対する請求は全部理由があるから認容し、被告吉田に対する請求は、清算金として金一三三万三、九〇四円と引きかえに本登記の承諾を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九二条、第八九条、第九三条にしたがい、主文のとり判決する。

(裁判官 岨野悌介)

<以下省略>

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